【三大宗教の聖地「エルサレム」】なぜユダヤ教・キリスト教・イスラム教の聖地が密集しているのか




2017年4月16ー17日 エルサレム
 
 
 
パレスチナ自治区を訪れた後は、エルサレムに来ました。
 
当初は1番最初に来ようと思っていた場所でしたが、予定が色々と変わり、宿泊も全てパレスチナだったので、4日目にしてやっと訪れることができました。
 
 
世界を旅する過程で「宗教」というものに関心を抱くようになってから、この宗教や人種が入り乱れる「エルサレム」にとても興味を持っていて、
特にこれまで出会わなかったユダヤ教徒の存在も気になっていたので、訪れることをとても楽しみにしていた場所でした。
 
 
 
 
イスラエルに存在するこの場所は、ユダヤ教、イスラム教、キリスト教にとっての聖地
この三大宗教の聖地が同じ場所に存在する場所、それがエルサレムです。
 
パレスチナ問題の時はあまり触れませんでしたが、この辺の話についても調べることが多かったので、もう少し掘り下げて記載していこうと思います。
 
 
 
ここで話をすべきは、この場所がなぜ3つの宗教の聖地になっているのか。
パレスチナ問題の根本に繋がっていくお話。
(パレスチナ問題って何?って人はこちら
 
 
 

 

なぜエルサレムには、ユダヤ教、イスラム教、キリストの聖地が密集しているのか???

この3つの宗教の信者がそれぞれ「この場所は自分たちのものだ」と主張し、現在もなお対立している状況です。
なぜ、エルサレムはこんなややこしいことになっているのか。
それにはそれぞれの経典の内容が元になってきます。
 
 
【ユダヤ教にとって】
ユダヤ教の経典「旧約聖書」には、ユダヤ人の祖先であるアブラハムが神に信仰心を試される話が出てきます。
神はアブラハムに、一人息子を犠牲にするように命じます。アブラハムは悩みますが、丘の上の岩に息子を横たわらせ、刃物で殺そうとします。
すると、「お前の神への信仰心はわかったから、もう殺さなくて良い」という声が聞こえ、アブラハムは息子の代わりに羊を捧げ、丘を降りていきます。
 
ユダヤ教ではこの岩を「聖なる岩」とし、岩のある場所に神殿を建てました。この神殿は紀元70年にローマ帝国によって壊され、現在では神殿の西側の壁のみが残っています。
これが「嘆きの壁」で、ユダヤ教徒たちが熱心にお祈りをする場所になりました。
 
 
【イスラム教にとって】
イスラム教徒にとっても、旧約聖書に出てきた「聖なる岩」は信仰の対象で、
天使に連れてこられてメッカからエルサレムにやってきた開祖ムハンマドは、この「聖なる岩」の上に手をついて、そこから天に上がったとされています。
7層からなる天を上がっていったムハンマドは、かつて神の声を聞いた預言者たち(アダム、アブラハム、モーセ、イエス)に会い、再びエルサレムへ降りてきて、メッカに戻ったといいます。
 
この「聖なる岩」はその後、イスラム教徒によって丸い屋根で覆われ、さらにその屋根には金箔が張り巡らされて「岩のドーム」と呼ばれるようになりました。
 
 
【キリスト教にとって】
キリスト教徒にとっても、イエス・キリストが十字架にかけられた場所として、聖なる地となっています。
ベツレヘムで生まれたイエスはパレスチナの各地で布教活動を続け、その後エルサレムに入ってから捕らえられてしまいます。
捕らえられたイエスが十字架にかけられた場所が「ゴルゴタの丘」で、この丘とされる場所に建設されたのが「聖墳墓教会」です。
イエス・キリストの聖なる墓があった場所に建てられた教会、という意味です。
 
 
 
 
ユダヤ教徒の聖地である「嘆きの壁」
イスラム教徒の聖地である「岩のドーム」
キリスト教徒の聖地である「聖墳墓教会」
 
これら三つの宗教の聖地が集中しているのがエルサレムの旧市街。
どの信者にとっても絶対に譲れない場所ということです。
 
 

 
 
 

この3つの宗教の神様は実は同じ

じゃあなぜ、上記のそれぞれの経典の内容の舞台が同じ場所なのか。
 
実は、キリスト教もイスラム教も、元をたどればユダヤ教から生まれているんです。
 
 
宗教の教えが書かれた本を「経典」(きょうてん)と呼び、
キリスト教では、イエスが「神の子」としてこの世に神から遣わされたことにより、人間は新しく神との契約を結んだと考えます。それ以前からあったユダヤ教徒の『聖書』に対して、そのイエスの言葉をまとめたものを、『新約聖書』と名付け、ユダヤ教の聖書を『旧約聖書』と分けることにしました。
つまりキリスト教もユダヤ教も経典は同じで、信じる神も同じ。
 
キリスト教のあとになって生まれたイスラム教。これもイスラエルのあるアラビア半島で生まれ、開祖ムハンマドが天使ジブリールから神の啓示を受けて、教義を広めていきました。
この話は旧約聖書にも出てきます。
 
つまり、旧約聖書はユダヤ教、キリスト教、イスラム教でも経典とされています。
同じ経典だから舞台も同じ。
 
 
キリスト教もイスラム教も、ユダヤ教から派生した宗教。
キリスト教の神ゴッド(神の子がイエス)、イスラム教の神アッラー、ユダヤ教の神ヤハウェ。
呼び名は違ってきますが、全て同じ神さまを指しているということになります。
 
 
 
 
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前置きが長くなりましたが、
その3つの宗教がひしめき合う聖地「エルサレム」に今回訪れてきました。
 
 
 
まずはユダヤ教の聖地「嘆きの壁」から
 

うお〜〜〜!!!これが噂の!!ユダヤ教の服装やばい!!
 
中にはがっかりなんていう声もあるみたいですが、めちゃめちゃ興味深い場所だった!
絶景を見た時とはまた種類の違う興奮感。
 
たぶん興味を持っているかどうかで全然感じ方が違うんだと思う。
 
 
 
 
説明したように、ここにお祈りに来る人は「ユダヤ人
この写真を見てもすごく印象的なのがこの男性の服装、そしてもみあげですよね。
 
ユダヤ人は以下の4つに分けることができるそうです。
 
①超正統派(黒い服を着て、帽子を被ってる人たち)
 
②宗教派(普通の服装だけど、律法を守りユダヤ教を信じる人々)
 
③伝統派(宗教ではなく民族の伝統として律法を守る人々)
 
④世俗派(宗教にも律法にも興味の無い人々)
 
つまりこの印象的な黒い服にハットを被り、もみあげを伸ばしている皆さんは、超正統派な訳です。
もちろん超正統派以外のユダヤ教徒もお祈りに来ますが、聖地なだけあって多くが信仰心の強い超正統派の皆さん。
 
厳格なユダヤ教徒で子どものころから神学校で学び、黒いスーツに黒い帽子、もみあげを伸ばしている、言わば筋金入りのユダヤ教徒。
 
毎日ユダヤ教を学び、1番衝撃的なことは、「一生働かない」という点。
彼らにとっては信仰を極めることが「仕事」であり、会社に行って労働をするといった仕事をしない。
信仰を極めるため朝から晩までユダヤ教のお勉強。まるで生涯学生のような暮らし。
 
そして、仕事もせずにどうやって食っているのかというと、国から援助金が出るんだそう。
中には妻が働きに出る家庭もあるようですが、働かずして生きていけるらしい。
イスラエルでは義務である兵役もこの人たちは免れる。
 
この超正統派のユダヤ人がイスラエルの人口の10%を占めているようです。
 

ユダヤ教では(礼拝のときは特に)男性は頭にキッパという小さな丸いものか、黒い帽子を被ることが決められています。
神に対して頭を隠すことで神に謙遜の意志を示したり、頭に物を載せることでつねに神の存在を感じられたりと意味があるらしい。
この嘆きの壁に近づく時は、観光客もこのキッパを被らなくてはなりませんでした。
 

お土産としても売られている「キッパ」

この超正統派のユダヤ人を説明する面白い記事があったのでより詳しく知りたい方はこちら。
→→→一生働かない!1時間でスピード婚!謎に満ちたユダヤ教超正統派とは?
 
 
 
 
 
次はキリスト教の聖地「聖墳墓教会」に向かいます。
 

これまで訪れたどの教会よりも立派な造りで装飾品の多さ、そして広い。
 
実は僕が訪れた時は「イースター(復活祭)」の真っ只中でした。
 
イースターとはキリスト教におけるもっとも重要な祭日。

キリストの生涯は、弟子の一人に裏切られ、十字架にかけられて処刑されてしまいます。
ですが、キリストは復活すると予言があり、3日目に復活したことで予言を現実のものとしたのだそう。
 
キリストが生涯起こした、数々の奇跡の中で最大のものがこの復活と言われているそうです。
そのためキリスト教では、キリストが復活した日を、もっとも重要な祭日として扱っている。

 
イースターのお祭りはキリスト教徒の間で世界各地で行われるみたいですが、
ここは聖地なだけあって、ものすごい数のキリスト教徒と、それを見に来る観光客の多さが異常でした。
(普段の様子を見たわけではないので。もしかしてこれが普通?)
 

 
街中でもよく見かけた、白装束のアフリカ系?の人々もここを訪れていて。
調べてみたら、バイアーナと呼ばれる人々で、ウンバンダまたはガンドンブレと呼ばれる、アフリカの土着の宗教とキリスト教が組み合わされた宗教らしい。
(聞いたわけではないので違う可能性もあります・・)
ブラジルやアフリカにいる人たちで、この日の為にこんな遠い場所にまで来たのかと思うと宗教の強さを感じる。
(聞いたわけではないのでそんな遠くないのかもしれません・・)
 
 
このイースターのおかげか、エルサレム周辺の宿は全て高騰していて(1泊1万円とか)
最初にエルサレムを訪れることができなかったのは実はこれが理由。
でも来れてよかった。
 
 
手と頭をつけて一生懸命お祈りする人たちに、カメラを向けて良いものかと躊躇したりもしたけれど、
景色だけでなくこういった宗教の存在・信仰心の強い人々の姿も知ってほしい。と思っています。
宗教に疎い日本人にはなおさら。
 
 
 
 
 
そして次は、イスラム教の聖地「岩のドーム」を訪れます。
 

このドームの中はイスラム教徒のみしか立ち入ることはできないので、外観からのみ。
イスラム教徒の姿もそこまで多くは見られなかったので、さらっと見て立ち去りました。
 
イスラム教徒でない限り、お祈りの時間帯は敷地にも入ることもできないので、ムスリムがいないのも当然なのかな。
 
 
大きさ的には今まで見てきたモスクよりもこじんまりとしていたけれど、青いタイルの外装と金色のドーム。
シンプルさを感じつつも、抜群に綺麗だったと思います。
 
 
 
 
 
上記3つの宗教が聖地とされていますが、敷地にはアルメニア地区もあったので訪れました。
 
他の3つの聖地の存在が圧倒的すぎて、存在感の薄いエリアですが、
なぜアルメニア地区も敷地の一角に存在するのか謎なので(←調べること無く終了・・)
また今度調べて来ようと思います。
 
 
 
 
 
 
 

聖地エルサレムを訪れて


 
パレスチナ問題の根本的な原因となっている場所。
先にパレスチナを訪れその深刻さを肌で感じつつ、ここも訪れましたが、
思っていたより緊迫した雰囲気はないのかなと感じました。
 
宗教を信じる者の特に信仰心の強い人たちが集まる場でしたが、いがみ合うという感じではなく互いに関与しないというスタンスだった気がします。
あくまで個人的な感想です。
 
しかし、この場所が世界情勢を動かすほどの起爆剤になりうる場所なのでは?
例えば、極端な話、イスラム教徒が嘆きの壁を空爆すれば、キリスト教徒が岩のドームを破壊すれば、簡単に世界大戦に発展するんじゃないんだろうか。
それくらい宗教というものが人々の生活や平和に絡んでいる。と今回のイスラエル・パレスチナ訪問で感じました。
 
 
日本人である僕も宗教には疎いので、ここに来てたくさん調べることによって、各宗教について学ぶことができたのも良かったと思います。
同じように宗教に無関心(の多い)日本人は、知らなきゃいけない最低限の知識や理解が必要なんだと思う。
 
そういう意味でも、この聖地はとても面白くて興味深くて勉強になる場所だったなーと。
振り返ってなおさら思います。
 
 
 
 
個人的に1番興味があったユダヤ教徒ですが、次回もその辺について追求していきたいと思いまーす。
 
 

 
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