2017年4月17日 イスラエル(メア・シェアリーム、ビネイブラク)
聖地エルサレムを訪れた後、エルサレムのある旧市街から少し離れた場所にある新市街も訪れました。
ここには前回紹介した、ユダヤ教徒の超正統派の人々が住むエリアになっているんです。
メア・シェアリーム(Mea Shearim)というエリアで、ちょっとした距離しか歩いていませんが、ユダヤ教徒しか見かけませんでした。
タイミング悪く訪れた日は土曜日で、日没までユダヤ教の休日。
店はほとんど閉まっており閑散とした雰囲気でした。
普段はもっと賑わっているのかも。
エルサレムに泊まったのは1泊だけなので、
この後首都テルアビブまで戻って、初日に会ったカウチサーフィンホストのハリフの家に戻ります。
ハリフにはすぐ戻ってくるつもり。と伝えていましたが、こっち側に4泊もしてしまいました。
正直な所さらに1週間くらい居たかったくらいやけど。
テルアビブに着いて最寄り駅まで向かう前に、中心地から20分程の距離にある「ビネイブラク(Bnei Brak)」という、これもまた超正統派のユダヤ人の住むエリアに行ってきました。
メア・シェアリームよりも多くの超正統派たちが住む、イスラエル内最大の「超正統派」スポットにして、イスラエルの最貧困地区の1つに指定されているそうです。
貧困地区と聞くと治安が悪いイメージがあると思いますが、街はのどかな雰囲気。
国からの援助金で暮らす超正統派の人々が暮らすこのエリアは、物価の高いテルアビブの中では貧困地区に値するということなんでしょう。
メア・シェアリームとこのビネイブラクのエリアを歩いてみて感じたのは、あまり気持ちがいいものではなかったということです。
パレスチナではみんな笑顔でウェルカム!という感じでしたが、ここを歩いてみると、
「(なにコイツ・・)」みたいな目で見てくる、もしくはまるでこっちの存在が無いかのような反応。
嘆きの壁の前では祈るのに集中しているせいだと思っていましたが、
町や電車の中で会う超正統派のユダヤ人たちとは、目があうことも無ければこっちをチラッと見てくることもない。
普通、道ですれ違う時やバスを乗った時とか、自然と視界に入りチラッと見てしまうもの。
それが全くなくて、自分が透明人間になったかのように存在を認識されない。
このビネイブラクに来て、やっとちょこちょこ反応があるかと思えば、得体の知れないもののように見てくる。
この人たちにとって外部の人間は、全く違う世界で生きている生物なんていう認識なんじゃないだろうか。
個人的な感想を書いていきますが、、、、
イスラエルの人口10%を占めるこの超正統派のユダヤ教徒は、普通の学校へは行かず神学校というユダヤ教についてだけを教える学校に行くそうです。
なので、数学も英語も全く勉強しない。
そして働かず、国からお金をもらって生活。
兵役義務も免除。
暴力的な言い方をすると、イスラエルという国にとって、
経済的価値はなく、むしろお金のかかるニートのような存在。いざという時戦力にもならない。
ただただ毎日祈っているだけ。
祈ることによって何か生まれるのかというと、何もない。
信者自身だけの話。
宗教がいかに人々にとって重要な存在なのかは感じつつあるけれども、
現実的な話をすると、超正統派の人たちは国からするとマイナスの存在でしかない。
当初、ユダヤ教の存在にとても興味があったし、その姿を見て感動さえもした。
けれども、この超正統派ユダヤ人の様子を観察してきて徐々に感じてきた違和感。
パレスチナの現状を見てきた後のギャップというか、なんかおかしい感。
熱心にお祈り姿は確かに美しいと思う。何かを信じ続けるというのはある意味強い。
だけど、この人たちにとってユダヤ教以外の事は一切関係ない、関心がない、興味がない。
この人たちはこの国に起こっている問題を知っているんだろうか。
パレスチナ人がどんな生活を送っているのか知っているんだろうか。
祈ることも大事なことかもしれないけど、それ以上に大事なことはもっともっとあるんじゃないの?
自分の周りのことにもうちょっと目を向けるべきなんじゃないの?
これまで見てきたイスラム教徒やキリスト教徒、そして超正統派じゃない一般的なユダヤ教徒たちは、
お祈りや信仰を強く持ちながらも、一生懸命働いてて生きるのに必死だった気がする。
信仰以外も大切にしていたと思う。
この超正統派の人たちにも悩みはあるのかもしれないし、僕は表面上を見ただけなのかもしれないけど、
なんかおかしいと感じたのが正直な感想です。
後日、ホストのハリフとも話すんですが、
もちろんハリフもユダヤ人。宗教はほとんど関与しないタイプのですが。
彼も、「Very Very Bad Problem!!」と主張していました。
そりゃそうだわな、
ハリフが一生懸命働いたお金が税金に回り、その税金で超正統派の人は生活しているんだもん。
18,19歳の男の子や女の子が2年3年と銃の使い方を教わりながら訓練するのに、この人たちは免除なんだもん。
パレスチナに住む人たちが生きるのに必死なのに、この人たちにとって関係ないんだもん。
これもまたイスラエルに存在する大きな問題なのかなぁと。
ちょっと一方的な言い方だったと思いますが、こんなことを僕は思いました。
おわり。
長くなったイスラエル編も次でラストでーす。
次は首都テルアビブの様子とハリフとの話。
信仰以外に興味なし。超正統派のユダヤ人に感じる違和感
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はじめてコメディさせて頂きます。
先月エルサレム個人旅行から帰ってきた者です。このもやもやする気持ちは何だろう?とユダヤ超正当派を検索していて拝見しました。
同じく彼らに なんか違うんじゃない? と感じたので 同意見を目にして嬉しく感じた次第です。
仕事柄海外行くことも多く、また個人でも各国回ってますが、イスラエルは行くと非常に複雑な心境になる国でしたね。どちらの主張にも一理あるというパレスチナ問題。日本での日々ではどちらかというといわゆる「外国の問題」。宗教も政治も絡む簡単に解決できそうにない問題。でもそこで現に生活を営んでいる人々がいるのですから何らかの改善策は探るべきだろうと、気分は陰鬱になりましたね。
強烈に違和感あったのが超正当派の方々でした。アントワープでよく見かけるので馴染みはある方だと思ってましたが あんなに現世感がないとは驚きでした。他者を全くかえりみない 信仰以外なにものも彼らにとっては存在していないんですね。他者があってはじめて自己が成立するのに 彼らは何をもって自分を認識しているのか非常に不思議でした。(社会性がないのでしょう 様々非常識な行動に腹が立ちました。こんな経験初めてでした。)
いろいろ納得できました。ありがとうございました。他の国のものもこれから読ませて頂きますね。
鎌倉ひとみさん
拝見、コメントありがとうございます。とても嬉しいです。
最近また、ガッツリ人前で旅の話をさせてもらう機会があり、イスラエル・パレスチナの事、超正統派ユダヤ人の事などを改めて振り返っていた時に、こうやって意見をもらえて、自分も改めて考えることができています。
こんな経験初めてというのは、色んな国を巡った自分も思いました。ユダヤ人、パレスチナ問題など、勉強になることや考えさせられることが多いこの場所を、ぜひ多くの日本人に訪れて欲しい場所と思っています。
この国の記事は結構気合入れて書いたので、合わせて読んでもらえると嬉しいです^^