被害者は誰か。正義とは何か。パレスチナ自治区ヘブロンを訪れて感じること




2017年4月14、15日 ヘブロン
 
パレスチナ問題って何?って人はこちら
 
 
 
 
隔離壁のあったベツレヘムからさらに南に移動し、到着するは「ヘブロン
 

 
 
 
同じくパレスチナ自治区ですが、ここはパレスチナの中でも特殊な街。
 

ベツレヘムよりさらに活気のある街で賑わっているのを感じました。
 
 

ただ、到着した日はイスラム教の安息日である金曜日だったので街は全て閉まっていました。
最初の写真は土曜日。
金曜と土曜日でこんなにも違うのか。。
 
※)イスラエルの多くはユダヤ教ですが、パレスチナはアラブ人なのでイスラム教徒がほとんど。
そしてユダヤ教にとっての安息日(休日)は土曜日なので、(キリスト教は日曜)
金曜日→イスラム教の安息日(パレスチナのお休み)
土曜日→ユダヤ教の安息日(イスラエルのお休み)
日曜日→キリスト教の安息日(日本含む西暦を使っている国々)
 
ということになります。
 
 
 
 
 
街の様子もそこそこに。
 
街を散策しようと宿から出て歩いていると、街を案内してあげるよという男性に会いました。
あとでチップ要求されるだろうってことで断ろうと思いましたが、この街のことも知りたかったので、頼むことに。
旧市街の方へ向かいます。
 
 
 
 
さて、なぜここが特殊な街なのか。
 
 
パレスチナ自治区(ヨルダン川西岸地区のみの話)はエリアA、エリアB、エリアCと3つのエリアに分けられています。
 
エリアA:パレスチナ自治政府による完全自治であり、イスラエル軍も撤収(入植地を守る国防軍を除く
エリアB:一応の自治ではあるが、治安をイスラエル軍とパレスチナの共同で維持
エリアC:行政権・警察権共にイスラエル軍が持っている
 
 
自治区とは言ってもパレスチナが実権を握っているエリアAは7都市のみで、大部分はイスラエルが実行支配しているのが現実。
 
さらにここヘブロンは完全な自治権があるエリアAのはずなのに、街がH1とH2という2つの地区に分割されている特殊な街。
ヘブロンの8割がパレスチナに自治権があるH1のエリア、2割がイスラエルが支配しているH2のエリア。
H2エリアにはイスラエル軍が常駐。
 
 
さらにこの街の問題となっている原因が、旧市街を含む街の中心部分がイスラエルが支配するH2エリアになっていること。
 
つまり街の重要な場所をイスラエルに占領され、分断されてしまった街ということ。
自治権があるにも関わらず。
 
 

 
 
 
 
天井に金網、そしてゴミ。
上に住むユダヤ人(イスラエル人)がゴミを投げ捨ててくるそうです。まるで人間以下の扱い。
 
 
 
 

パレスチナに自治権があるはずなのに、常にイスラエルに監視されている。
 
 
 
 
 
さらに進むとチェックポイントと言われるセキュリティチェックのゲートがありました。
管理しているのはもちろんイスラエル人。ヘブロンの至るところにあります。
ガイドしてくれた人(パレスチナ人)と一緒にそこを通ります。
 
この先のすぐに、ユダヤ教の礼拝所(シナゴーク)とイスラム教の礼拝所(モスク)があるため、
何人ものイスラム教徒のパレスチナ人がここを通ります。
 
 
順番を待って、ガイドと一緒にゲートを進む。
ゲートなので荷物検査は当然だけど、ガイドの荷物チェックが異常なほど念入り。
チェックしている間は離れろという指示。
そして観光客である僕のチェックはほぼなし。パスポートをチラッと見て終了。
 
この差には驚きました。
なんなんだこの差は。
 
 
 
 
 

 
ゲートを抜けるとすぐ、礼拝所が見えました。
 
 
なぜイスラエル人(ユダヤ人)はパレスチナ人を追い出してまでここに住もうとするのか。
なぜ徹底的にパレスチナ人を排除しようとしているのか。
 
その理由のひとつに、この礼拝所が関係しているようです。
 
 
この礼拝所の中には、イスラム教、ユダヤ教両者にとっての聖地である「アブラハムの墓」があり、
アブラハムはユダヤ教、イスラム教の祖であり、ユダヤ人、アラブ人両民族の祖先。
ユダヤ人のアイデンティティの象徴であるアブラハムの墓があるから、ユダヤ人たちは力づくでパレスチナ人を排除しています。
 
争いの種がここにもあるということです。
 
 
 
 
 
 
さらにその先に進むと異様な雰囲気を目の当たりにしました。
 
 

 
ここには元々パレスチナ人が住んでいましたが、イスラエル軍が占拠し、強制的に追い出され、今はユダヤ人の入植が進んでいます。
パレスチナ人が排除させられた区画は今はゴーストタウンと化。
店だっただろう建物は全て閉まり、静まり返った街。
 
何ヶ所にもチェックポイントがあり、銃を持ったイスラエル兵が至る所に常駐。
建物には至る所にイスラエルの国旗が飾ってある。ここはオレたちの土地だと主張するかのように。
 
かと思えば、呑気にランニングをするユダヤ人も見かけた。
 
 
 
 
 
一緒に来てくれたパレスチナ人であるガイドは、イスラエルによる管理により途中までしか足を踏み込むことができず、途中でお別れ。
 
彼の父親のレストランもかつてこのゴーストタウン化した街にあり、ある日突然イスラエル兵に占拠され無職に陥ったそう。
そんな彼もパレスチナでは安定した職を見つけるのが難しいらしく、毎日の生活が大変だという。
2001年からずっとの事らしい。
きっと僕が想像する以上なんだろう。
 
 
突然奪われた土地。家も職も。
 
踏み入れるエリアを制限されたパレスチナ人。
インフラの管理もイスラエル。
水を使いたい放題のイスラエル人と一方パレスチナ人の家では水が突然停まることもあるそう。
 
 
銃を持ったイスラエル人が上階から下を見下ろし、
十数年前までパレスチナ人が住んでいた場所に今はイスラエル人が住んでいて、そいつらは今パレスチナ人の住む場所に向かってゴミを捨てる。
 
イスラエル人からの差別と迫害。
 
 
 
 
 
 
 
*******
ここまでの様子を考えると、
「イスラエル人酷すぎる、パレスチナ人可哀想・・」
 
と思いますよね。
 
 
じゃあこれはどうか。
 
ユダヤ人であるイスラエル人は2000年もの間ずーーーーーーーっと、差別と迫害を受けてきました。
今のパレスチナ人と同様に。いやもっと酷かったでしょう。
自分たちの土地を与えられることもなく、帰る場所もありませんでした。
終いには拷問・虐殺、600万人というユダヤ人が殺される目にも遭ってきました。
アウシュヴィッツ強制収容所に訪れた人はこれがどれほどのものか少しは感じるかもしれません。
 
そしてやっと住むことを許可された小さな小さな土地。
 
一方アラブ人にはとんでもない面積の土地があります。
サウジアラビア、エジプト、シリア、ヨルダン。かつては共に戦った同じ人種で同じ言語を話す仲間です。
今のイスラエルの国土の何十倍か何百倍もの土地が有り余っています。
 
イスラエルはそれに比べてこんな小さな土地すらも使ってはいけないのか。
パレスチナ人(アラブ人)が可哀想なら他のアラブ諸国が助けてやればいいじゃないか。
 
 
 
 
 
イスラエルにもイスラエルの意見があります。
 
 
「イスラム教徒はいつも全てを自分たちのものにしようとする。昔自分たちの土地だった場所も全て。
だからボーっとしてたらアラブ人はイスラエル人から全てを奪おうとする。殺してでも。
だから閉じ込めておく必要があるんだ。」
 
イスラエル兵の何人かにも話をする機会が少しあったので、聞いてみました。
 
「パレスチナ人を苦しめるためではなく、自分たちを守る為にやっているんだと。好きでやっているんじゃない。」
アラブ人の国に囲まれて、孤立状態のイスラエル。攻め込まれないように土地を確保する必要性があるんだそう。
 
 
あるイスラエル兵は、
「パレスチナ人から話を聞いているんだろ?ここにも団体観光客とツアーガイドがよく来るから話の内容をよく聞くよ。
でもイスラエル側の意見もちゃんと聞いたほうがいいよ。両方の意見を聞いてそれから判断してほしい。」
と言っていました。
 
 
兵役訓練中の男性(21歳だったかな?)にも会いました。
 
「質問があるんだけど。。」
と言いつつも、質問をためらっていたら、なんでも聞いていいよと言うので、
「この状況どう思う?イスラエル兵がパレスチナ人を管理しているよね?」
 
と聞くと、
I don’t agree.(反対だよ)
と。
 
イスラエルには兵役の制度があり、男性は3年間、女性は2年弱、兵隊の訓練を受けなければなりません。
ほぼ強制です。
彼も高校を卒業し兵役制度の為、訓練生をやっていました。その後大学に行くんだそうです。
銃の扱い方や兵器を扱う為のシステムなども習うそうです。
 
この兵役の制度にも不満があるようでしたが、仕方がないという感じでした。
 
 
 
話をした兵隊さんたちは特に攻撃的な態度は感じられず、見た目が違うだけで街で話すような人と同じ雰囲気だった気がします。
むしろこの国を楽しんでね、っていう感じ。普通に親切で丁寧な対応をしてくれる人たちでした。
 
 
 
 
 
 
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ここに来て特に感じた「パレスチナ人の被害者意識」
事実、不自由な生活を強いられていると思う。
僕自身もゴミが投げ捨てられた網天井や、上から見下ろすイスラエル兵を見て、正直胸クソ悪い感情がありました。
圧倒的弱者の立場にいたのはパレスチナだとも思います。
 
じゃあ酷いのはイスラエルかと聞かれると、僕はそうとも思えない。
いや、実際酷いことをしてきたイスラエル人はいたと思います。
「酷い」という言葉で片付けるんならイスラエルを責めることはできます。
 
ただ、「正義と悪はどちらか」「被害者はどちらか」
良し悪しだけで決めつけれるほど簡単な問題ではないんだと思う。
 
 
 
 
 
パレスチナガイドに「イスラエル人嫌い?」と聞いたところ返事はなく、
イスラエル兵から微かに感じた”任務だからやってる感”。
 
 
好き嫌いじゃなくて、お互い平和を望んでるだけなんじゃないかなぁ。
 
 
 
だけど、平和を望む人がいようが、「宗教対立」「民族対立」「土地の争い」が複雑に絡み続けてきた歴史は、簡単には口出しできない事だということも感じました。
 
 
 
 
 
 
話が変わりますが、
ベツレヘム、ヘブロンを歩いてきましたが、パレスチナを歩いていると多くの人に話しかけられました。
 
気さくに絡んで来てくれた医学部研修中の学生たち。イスラム教徒だったけど写真良かったのかな。

 
びっくりするぐらい「ウェルカム!ウェルカムトゥーパレスチナ!」と言われることが多く、
ここまで歓迎感を出してくれたのはバングラデッシュ以来かも。
 
フレンドリーで親切な人が多かったなという印象が残っています。
 
シリアスな話もありますが、こういった一面も見ることができました。
 
 
こういう人たちの笑顔が壊されないように、イスラエルとパレスチナに平和が来ることを願うばかりです。
 
 










2 件のコメント

  • こんにちは。

    パレスチナ問題は難しいですね。
    考えても答えはでません。
    世界でもっとも解決困難な国際問題ですから、ふつうの日本人が解決をしめせるはずがないです。
    でも考えることに意義があると思います。
    その際にはパレスチナ・イスラエル双方の立場から見ないと分かりませんね。
    たいていのブログはパレスチナから見てイスラエルを断罪しておわりですけど、 この記事ではイスラエルの視点もあっていいですね。
    イスラエルにも嫌われる側の論理はありますから。

    • ここんとうざい さん
      拝読ありがとうございます。

      おっしゃる通り、ここまで根深い国際問題を一個人が考えても答えは出ないです。出ても自己満足でしょうね。
      ただ考えること、そしてこの問題の現状を知ることが大切だと思います。
      何も知らずに平和を願うのと、知った上で平和を願うのとは大きく違うと思っています。

      争い事の主張は、どうしても主張する側の意見が偏ってしまうので、
      お互いの意見を聞いて、第三者の立場ならその立場でモノゴトを理解しないといけませんからね。
      また訪れたい国です。

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