【世界一周している25才無職が10日間、人と話すことも目を合わすことも、読み書き娯楽などが一切禁止の『ヴィパッサナ瞑想』修行に参加してきました。】




e79b88462015年12月16日〜27日
 
インドのブッダガヤで『ヴィパッサナ瞑想』というものに参加してきました。
 
ヴィバッサナ瞑想とは何か。
「ものごとをありのままに見る」という意味のヴィパッサナーは、インドの最も古い瞑想法のひとつ。この瞑想法は2500年以上も昔、インドで、人間すべてに共通する病のための普遍的な治療法、すなわち「生きる技」として指導されました。」だそうです。ヴィパッサナHPから引用
 
瞑想の10日間は一切のコミュニケーションが禁止される。言葉を交わすことも、目を合わせることも、身振り手振りジェスチャーで意思を伝えることもできない。また、読み書きや娯楽も禁止され、当然インターネットなどというものはない。携帯やパソコンなどを受講前にセンターに預ける。期間中は敷地から出ることができない。その社会から完全に隔絶された空間で10日間、1日10時間瞑想をします。
 
瞑想は目を閉じる・坐禅(あぐら)・背筋を伸ばす・鼻呼吸で行う。1時間、1時間半、2時間連続して瞑想を行い、瞑想と瞑想の間は10分の休憩がある。瞑想は4時半開始の21時終了。
 
 
僕が受講したコースは、12月16日から12月27日までの12日間のコース。
初日(集合日)と最終日(解散日)は会話をすることができ、間の10日間が本格的な修行の期間となる。コースの受講はインターネットで申込むようになっていて、僕は直前にインドのコルカタにて、ヴィバッサナのHPから申し込んだ。
ブッダガヤはブッダが悟りを開いた仏教の聖地。年末ということもあるだろうが、早い段階で予約が埋まっていたブッダガヤのこの瞑想センターは人気の場所のようでした。ダメ元で申請したキャンセル待ちだったが、運良く参加することができた。
 
ヴィバッサナ瞑想の発祥地であるインドでは各地に瞑想センターがあり、日本にも京都と千葉に二つある。3食の食事と寝る場所を提供してもらえるが、ヴィバッサナは寄付で成り立っており、受講者がコース終了後に支払う。
 
食事はベジタブルのインド料理。一日三食(夜は軽食)自分が食べたい分だけよそって食べる。使った食器は自分で洗う。
 
 
 
下記が10日間の1日のスケジュールである。
 
4:00起床
4:30~6:30 瞑想
6:30~8:00 朝食休憩
8:00~11:00 瞑想
11:00~13:00 昼食休憩
13:00~17:00 瞑想
17:00~18:00 夕食
18:00~19:00 瞑想
19:00~20:30 講義
20:30~21:00 瞑想
21:00~ 就寝
 
 
 
上記ではヴィバッサナの概要を書いたが、下記からは10日間で感じたことを日毎に分けて書いていく。もし上記概要を読んで、興味を持った人がいたら読まない方がいいかもしれない。感覚的なことも書いてあるので、本当にやりたい人にとっては先入観になってしまうと思う。僕自身も他の方のブログでヴィパッサナ瞑想というものを知ったが、感想等などは読まないようにしていました。
 
 
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【集合日】
集合はPM4時だったが、12時過ぎに瞑想センターに着く。説明や登録などを順番に行っていく。日本人男性のボランティアスタッフの方が居て少しだけ話した。今回は一日だけお手伝いとして来ただけらしいが、すでにここブッダガヤで3度ヴィパッサナ瞑想に参加したことがあるらしい。
ゴータマ・ブッダが悟りを開いた土地ということで、他の場所で受けるより何倍もの効果が得られるという。また、「ブッタ」とは悟りを開いた者のことで、悟りを開けば誰でもブッタと呼ぶことができる。これまでにも何人もの人がブッタとなったということだ。僕らの言うブッタとはその最初に悟りを開いた「ゴータマ・ブッタ」のこと。
そんなことも教えてもらいながら、その方とお別れした。
部屋は2人部屋だった。インド人の同室の方と少し話しながら待つ。参加者は男女合わせて100人くらい居たと思う。おそらくブッダガヤは規模がかなり大きい。男女共インド人が多くてびっくりした。男性の日本人は僕のみで、女性側に1人いたらしいが話すことはなかった。コースが始まると、男性エリアと女性エリアに仕切られ行動は別になるが、瞑想ホールは男女共集まって行っていた。
パソコンや携帯なども預けた。18時半から全員が集まって説明と質疑応答の場が設けられる。あまり聞き取れなかったが、事前に説明を受けた内容、ヴィパッサナ瞑想とは・一日の流れ・禁止事項などの話だったと思う。そしてこの説明会が終わる20時からコースが始まる。今日は練習日ということで1時間だけ瞑想が行われる。明日からは一日10時間の瞑想。
10日間、誰ともしゃべってはいけない、目も合わせない、読み書き、ジェスチャー、その他娯楽などが一切禁止になる。
いよいよヴィパッサナ瞑想の始まりだ。
 
男女共参加者全員が瞑想ホールに集合し瞑想を行う。生まれて初めての瞑想。座禅を組んで、背筋を伸ばして座る。
開始してものの数分で、背中の痛み、腰の痛み、足に痛みが生じる。また体に一時的な痒みも感じる。瞑想どころではない。途中何度も足を伸ばしながら、体を軽く動かしながらとにかく1時間座り続けた。
とても苦痛だった。もちろん当然の話だ。時期慣れるはず、そう思いながら明日から本格的に始まる長い長いコースに備えてすぐ就寝した。明日から4時起きだ。
 
 
【1日目】
緊張のせいだろうか、自然と目が覚め時計を確認すると3時50分だった。もう一度目を閉じ、再度鐘の鳴る音で目が覚める。4時04分。早起きに不安があったが大丈夫だった。4時から鐘の音と鈴の音を鳴らしてスタッフの方が巡回するので、これなら起きられそうだ。
頭を覚ますために外を歩く。寒い。コルカタでは半袖で過ごしていたのに、こことの気温差がひどい。日本の12月くらいの気温だろうか。一瞬で頭が覚める。そして4時30分から瞑想開始だ。
 
心して臨む。昨日よりかは体がほんの少し慣れた気がする。が、やはり背中は痛い、足も痛くなってくる。
朝一発目は2時間行う。これが今日さらに何時間も繰り返され、それが何日も続く。耐えれるだろうか。一瞬、安易にこのコースに参加したことを後悔したが、そんなことを考えても仕方がない。もうやるしかないのだ。
だが、休憩しては瞑想して休憩しては瞑想してを繰り返して、幾分か体のほうではなく、頭のほうに意識を向けることができるようになってきた。
 
瞑想。瞑想。雑念だらけだった。
最初、瞑想といっても具体的にどう集中するればいいのか分からなかったが、講師の人から説明を受ける。僕は日本語のテープを用意してもらった。まずは呼吸に意識を向け瞑想を行う。鼻から空気が入り、鼻から空気が出る。ただただその呼吸を観察する。そうやって瞑想を行おうとするが、すぐ意識が他事にいってしまう。過去の出来事を思い出しては、こうだったらなと違う未来を想像する。ハッと気づき、呼吸に意識を戻すが、再度いつの間にか過去の出来事を思い出しては妄想に走る。
そんなことを繰り返しながら1日が終わった。
こんなにも集中することが難しいのか。終始瞑想の難しさを感じていた。
 
一日の終わりには、DVD(僕は音声テープ)で講師の話がある。おそらく全ての人が僕と同様な状態になるのだろう。講話では、それはごく自然なことだと話される。時には一瞬で心がとこか違う場所に飛んで行ってしまうでしょうと。
まさにそうだった。姿勢を立て直し、集中し直そうと思って目を閉じた瞬間、他事を考えていた時もあった。
まずは1分間集中しつづけれるようにしましょう。もし心がどこかへ行ってしまっても、5分以内に意識を戻せるならなにも問題ない、それ以上だめなら呼吸を強くして集中するように。
時計を見るわけではないので5分と言われても困るが、明日意識してみよう。
 
 
【2日目】
4時過ぎ、鐘の音で目が覚める。若干昨日より起きづらかった。ただ座っているだけといっても10時間。体力を使っているらしい。
4時半まで外で散歩する。本当にここは冷えるが、おかげで目と体が覚める。昨日話があったように呼吸に意識を向け1分間は集中し続けるように意識する。1分間。たかが1分間だけでも難しかったりする。1分以上続く時もあれば、すぐ他事を考えてしまう時もある。鼻から空気が入り鼻から空気が出る。それをひたすら観察する。空気が入る時は冷たい空気が通るので意識しやすいが出る時は意識しずらい。
 
昼食後は昼寝をするようにした。夜9時過ぎから朝4時まで7時間寝ているとはいえ、瞑想中に眠くなることだけは避けたかった。というか自由時間に本当にやることがない。途中、瞑想ホールにいびき声が聞こえたりしたが、なにしにその人はここに来ているんだろうと思った。
午後も同様に行う。呼吸を観察。怒りや悲しみの感情が生まれれば呼吸も荒れる。呼吸を観察するということは精神状態を観察するのと同じ。心のコントロールをするということは、まず呼吸を観るということだ。
時には呼吸を強くし、昨日よりかは呼吸に集中できる時間が増えた。
今日も同様に講話がある。ヴィパッサナ瞑想に関するブッタの教えやそれまでの歴史など。頭で理解するだけではなく実際に瞑想を行い、体験を通して体で理解する。もちろん頭で理解することも大事だ。
次は上唇を底辺として鼻を結ぶ3角形を意識して呼吸するよう説明もあった。
 
 
【3日目】
4時鐘の音で目が覚める。同様に時間まで散歩する。とても寒いが、静かで空気が澄んでいるのでとても気持ちがいい。今まで朝に弱かった自分だったが、意外とすんなりこの早朝に慣れたのには驚きだ。
 
上唇を底辺として鼻を結ぶ3角形を意識する。分かりやすくていい。時には片側の鼻が詰まり気味だったりもするが、それはそれでその状況、片側の鼻から空気が入る様を観察する。集中すればその感覚がどんどん研ぎすまされて行く。鼻から出た空気は上唇と鼻の入り口の間に当たるはずだが、なかなか感覚を感じられない。もっともっと研ぎすまさなければ。
一回集中が切れると知らずのうちに妄想に走っていたりする。再度集中し直すのに集中力がいる。難しい。
講話では、次はこの3角形を小さくするよう説明があった。上唇を底辺とし鼻の入り口を結ぶ3角形だ。いまいち分かりづらかったが、上唇と鼻の入り口の間の4角形をイメージしよう。
 
 
【4日目】
朝の2時間は一日で一番集中できない。眠くは無いし頭は起きているはずだが、集中が続かない。雑念ばかりだ。
2時間がとても長いし、朝一から体力を使うのに抵抗があるのかもしれない。じっと座って瞑想するのは意外と体力使う。正しい姿勢を維持するのも疲れる。食事の際静かなのは、しゃべってはいけないからではなく疲れているからな気がする。瞑想間の休憩時も寝転がって休憩する人が増えていた。
 
15時からは、新たに説明が入る。次は意識を鼻だけに向けるのではなく頭のてっぺんから足のつま先まで、順番に体全体を意識していくようだ。どうやら今までの瞑想法はヴィパッサナ瞑想法ではなく、その準備段階の瞑想法だったらしい。そして今までは体が疲れたら足を伸ばしたり体勢を何度も変えたりしていたが、今度からは1時間座禅を維持するように指示もあった。
次の時間早速実践してみる。
頭のつむじあたりから順に意識を動かしていく。
つむじから頭の後ろ側、前側、おでこ、眉、目、鼻、口、顎、頬、右耳、左耳、首、右肩、腕、手首、親指、人差し指、中指、薬指、小指、左肩、腕、手首、指、首から腰まで、首から背中、腰まで、お尻、右太もも、右足から指先、左足から指先。
 
頭の後ろ側などは特に感覚を感じづらく、そう言った場合、なにかしらの感覚が感じるまでその部分に意識を集中し続ける。感覚を感じたら次の場所へ移動する。じっくりじっくり感覚を感じながら意識を動かしていく。その間徐々に足に特に痛みが増してくる。耐え難い痛みに我慢しながら瞑想を続ける。
ようやく足の指先まで意識を確認し足を崩す。時間を見ると30分しか経っていない。今はこれが限界。1時間なんてとてもムリだった。
休憩時は外に出て歩きながら足をほぐす。特に膝が痛くなっていたので次は少し足を広げ気味で座る。次も頭の先から足の先まで30分かけて意識を動かした。膝はあまり痛くならなかったが、体を動かさず瞑想し続けるのが30分だけでとても苦痛を伴った。
まだ4日目の終わり。まだまだ先はある。大変だ。
 
 
【5日目】
毎朝、今日は何日目と数えていた。一日がとても長く感じる。やっと5日目だ。
あの苦痛をまた経験するんだなと、瞑想を始めるのに若干抵抗があった。
また雑念だらけになってしまう時もあるが瞑想を続ける。昨日より少し楽になっていたが、40分で限界だった。自分のタイミングで休憩を挟んでは瞑想に戻る。
 
時折瞑想中、毎日毎日何時間も瞑想を行っていて、なんでこんなことしているんだろう、この瞑想に意味はあるんだろうか、いずれ悟りを開くことができるのだろうかと思ったりもした。ただそんなことを考えることに意味はないと思い考えるのをやめた。とにかくやるしかない。
 
食事後は自分で食器を洗う。洗い場が混んでいたので順番待ちしていたが、同じ参加者のインド人に順番を抜かされた。インド人のこういう所が嫌いだ。その人は部屋に戻るまでの道に唾を吐き捨てながら歩いていた。この場所が神聖な場所だということが分からないのだろうか。
ただその人のことを考えても仕方がない。やめよう。
そう、このヴィパッサナ瞑想修行の目的は心の浄化。精神をコントロールすることだった。
瞑想修行を行うことで、自分の心の奥底にある不純なもの、嫌悪、欲望などを浄化していく。人を嫌うことはこの瞑想修行に反する。
そのことを理解しなければならない。
 
 
【6日目】
6日目だ。半分は終わった。あと半分。
いつもと同じように頭のてっぺんから足の先まで、また足の先から頭の先まで意識を動かしていく。いまだに瞑想中に他事を考えることが多い。だがそういった思考の時の方が時間が経つのが早く感じる。楽に感じる。
頭では分かっているが簡単に瞑想が続かない。体の方はだんだんと慣れてくるが45分、50分。なかなか1時間通して続けられない。
一時的な痒みは、あ、今ここが痒いな。と観察しているとその内消える。足や背中の痛みも、感覚として痛いなと観察すればいいだけなのだがなかなか難しい。なにより時間が気になってしまう。あと何分あるのだろうと。いつまで続けなければいけないのかと考えてしまうと続けられない。これもまた邪念なんだろう。辛抱強く修行するしかない。
 
 
【7日目】
朝一の2時間はなかなか集中できなかったが、次の1時間は姿勢を変えることなく瞑想を続けることができた。とはいっても途中何度も他事を考えてしまっているが。やはりいろんなことを考えてしまう。
コース最初の頃は、過去を思い出したりする意味のない内容だったが、最近は今の自分のこと、未来のことなどに思考がいっている。
自分の考えが頭の中でどんどん言語化されていったり、旅が終わったらこうしたいなとか、色々なアイディアが浮かんだり。そうしているうちに自分の考えがはっきりとしてきたり、整理できたりした。
今回の目的の瞑想法とは違った思考になってしまっているが、自分にとって意味のある時間だった。
 
 
【8日目】
今日と明日は個室の瞑想部屋が与えられた。初回参加者の半分は6日目と7日目に与えられていたが、僕は8日目と9日目だった。
朝昼晩の1時間ずつは全員が瞑想ホールで行わなければいけなかったが、それ以外の時間は個室の瞑想部屋で行うことにした。
個室はとても集中しやすかった。
瞑想ホールだと、全員が瞑想しているので静かではあるが、逆にちょっとした体の動き、衣類が擦れる音、咳や鼻をすする音などが聞こえてくる。本当に集中していると全く聞こえなくなるが正直気になったりする時が多い。
試しに左耳だけ、右耳だけに集中してみた時があったが、これほどまでに聞こえる量と範囲が違うのかと驚いた。
 
小部屋は畳2畳ほどの大きさで、静かで光の少ない部屋。周りを気にすることなく瞑想を行えた。
1時間座り続けることもかなり楽になってきた。背中と足に痛みは徐々に生じてくるが、ただの感覚の一部だ。
昨日と同様に、自身のこと・今後のことについても考えたりした。なぜ旅をしているのか、どんな旅にしようと思っているのか、旅のテーマ、ブログのこと、日本に帰ったらなにをするべきか、理想のゲストハウス。考えようと思って考え始める訳ではないが、自然と思ってしまう。
ただ、面白いように考えがどんどんクリアになっていく。外部からの余計な情報が入ってこないため、常に頭がスッキリした状態みたいだ。
時折我に返り、瞑想、瞑想と自分に言い聞かせる。
 
 
【9日目】
残り2日だ。正直この2、3日が消化試合のようになっている気がしている。1時間じっと座り続けることは努力しているが、瞑想を行えてないことが多い。一日の終わりに他事を考えることが多かったなと後悔する日もある。
ただそれさえも欲望だ。過ぎた過去を求めても意味はない。今ある現実だけに目を向ける。現実に起こっている体の感覚だけに。それがヴィパッサナ瞑想だ。
何かを得ようとすること、神秘的な何か、悟りを開きたいなんて欲することではない。逆にそれはこの修行に反している。邪念や欲望を捨てる。ただひたすらに現実と向き合い、その現実に怒りや幸福などの感情を持たせない。それが心のコントロールに繋がる。出来る限り瞑想に集中しようとした。
 
 
【10日目】
10日間のコースではあるが、沈黙を守るのは朝9時半までだった。
朝の瞑想を終え、沈黙は解除された。自然とみんなが笑顔になる。
この時初めて自己紹介する人ばかりだった。全員と話した訳ではないが、インド人・中国人・イスラエル人・フランス人・ブータン人などなどが参加していた。
スタッフの方1人、顔が日本人だったが、僕や中国人相手にも英語だったので、何人だろうかと疑問に思っていたがまさかのブータン人だった。幸せの国ブータン。観光客は多額の費用がかかるので諦めていたが、もしブータンまで来てくれれば空港や国境まで迎えに行くよと誘ってくれた(後でよく調べてみると不法入国のようなものらしいのでやはり今回のルートからは外した)
今回の参加者には盲目の人もいた。少し話したが今回の瞑想でどんなことを感じていたんだろうか。
 
沈黙は解除されたが瞑想はあと少し行われた。瞑想中はこういった外部からの情報などで頭がいっぱいになる。だから一切のコミュニケーションなどを断つ訳だ。
今回の10日間は、本当に外の世界から離れ、視覚や聴覚から得られる情報はほとんどなかった。この意味をこの時身をもって体験した。
今思うと本当に不思議な時間だったと思うし、簡単には作り出せない時間だった。
 
この日は、この瞑想法を日常生活に生かすための方法や、ヴィパッサナ瞑想後に行うまた違う瞑想法を教えられた。
瞑想というのはこの10日間だけでなく、今後の日常でも続けていかなければただの一つの体験で終わってしまう。もちろん1日10時間なんて行う必要はないが、とにかく続ける。続けていれば今回得られなかった何かが見えてくるかもしれない。
 
 
【解散日】
預けた荷物やシーツなどの返却、朝食などを済ませて後は自由解散だった。
今回参加した人たちと挨拶などをしそれぞれ去って行く。10日間を共にした人たちだ。達成感とは反対にどこか寂しさも感じた。
あれほど長く感じていた一日10時間の10日間が、今思うとあっという間だったと感じる。
自由になった身だったが、ここを去ることに名残惜しさを感じた。
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このヴィパッサナ瞑想を知ったのは1年ほど前だったが、インドに行った際は絶対にこれに参加しようとその時思っていた。
精神的にも肉体的にもとても苦しく、自分自身の心をコントロールするのがこんなにも難しいことなのかと、身を持って体感した。
何を得たのか、悟りを開けたのかと聞かれればそこに答えはない。
ただ、自身の感覚、外部からのなにかしらの発信に対する感じ方、心の持ちよう、感覚的に変わった。
自分自身と真っ向からこんなに長時間向き合ったことは、何にも代え難い大きな経験となった。
 
世で生活すれば、否が応でも外部からの多くの情報に触れ、取り込んでいく。それは人からやインターネット、街を歩いているだけで無意識に色んな情報に触れている。そうしているうちに人はどんどん余分なものを身につけてしまっている。
一度、社会から隔絶された状況に自分を置くことで、余分なものが削ぎ落とされていき、自分自身というものを根本から認識することができる。
 
僕はこの体験を多くの人にぜひ薦めたいと思う。
3日などのコースもあるが、やるなら10日間。
今後も日常的に瞑想を続けていき、世界一周の旅が終わったタイミングか、5年後や10年後、またヴィパッサナ瞑想に飛び込みたいと思う。
きっとその時は、また違うことを感じるはずだ。
 
 










6 件のコメント

  • 今年の締めに見てよかったです。

    前を向いて進むって事かな⁉️

    あと数時間で年を越しますが自分の勉強になります。

    ありがとうございます(≧∇≦)

    • そう言ってもらえると嬉しいです^^
      これの意図するものは人それぞれですね!
      関内さんにもオススメします!時間的に厳しいかもしれませんがぜひ!!

  • 想像するだけで辛い。全くやりたくないが、結果だけ体験として欲しい。
    そんな俺は煩悩の塊。
    HNY!

    • なにを得るかは人それぞれ。ぜひご体験を!!!
      えいやっって参加しちゃえば、もうやるだけなんでイケますよ^^
      Happy new year!

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