評価が分かれるマチュピチュ。大事なことはインド人が教えてくれた

イカ→クスコ、マチュピチュ
 
 
 
ちょりっす。あいかわらず雑に更新していきまっす。
 
 
サンドバギーを楽しんだ後は、クスコにやってまいりました。
ここはマチュピチュへ行くための拠点となる街。
 
 
南米の目玉商品でもある「空中都市マチュピチュ」
 
すれ違う旅友たちの話を聞いていると、超感動したと聞くこともあれば、なんか意外としょぼかったという話も。
そんな話を聞く中で、やっぱり絶景に巡り合うためにはそこに至る過程が大事なんだと悟ったわけです。
 
聞くところによると(ってか調べた所)マチュピチュにたどり着くためには手段が色々あるらしい。
 
ルートはざっくり、
(行き)クスコ→水力発電所→マチュピチュ村→マチュピチュ出入口→マチュピチュ→(帰り)マチュピチュ出入口→マチュピチュ村→水力発電所→クスコ
の往復路。
 
このルートには交通手段が色々あり、要はお金を掛ければ楽に早くマチュピチュへたどり着くというもの。
 
一番楽なのは、
クスコから電車を使ってマチュピチュ村までたどり着き、マチュピチュ村からバスを使ってマチュピチュ出入り口まで行きあとはチョロッと歩く方法。
これならほぼ歩くことなくマチュピチュへたどり着くことができる。
 
が、もちろん却下。選択の余地なし。
なぜならその電車がバカみたいに高い。ってかそもそもマチュピチュ入場料が高い。
けどまあそれは全員一律だしどうしようもない話なので文句はないけど、交通費にお金はかけたくない。
ただ移動するだけのなんの生産性のない行動にお金がたくさんかかるって理解に苦しみませんか?
美味しいものを食べるためにお金がかかるのは分かる。観光地でその景色なりブツなりを見るためにお金がかかるのは分かる。
でも交通費にお金がかかるってなんか納得いかないんですよね。
まあお金を払うから目的の場所に着くっては分かるんだけど、分かるんだけどなんかやだ。
 
 
というわけで僕が選んだルートはこちら。
クスコ→水力発電所(バス)
水力発電所→マチュピチュ村(歩き)
マチュピチュ村→出入口→マチュピチュ(歩き)
(※ここでマチュピチュ山登山あり)
マチュピチュ→出入口→マチュピチュ村(歩き)
マチュピチュ村→水力発電所(歩き)
水力発電所→クスコ(バス)
 
 
 
とりあえずね、マチュピチュ山登山はマジでいらなかった。交通費云々とかどーでもいいんだけどオプションつけて無駄に苦労しただけでしたわ。
という話もあるけど、可能そうなところはすべて徒歩にしといた。別にこれに後悔はない。
中にはクスコ→水力発電所も徒歩という強者もいるみたいだけど、それだとキャンプの2泊3日さらにかかるという話なので、時間とのコスパを考えそこはバス。
 
 
あと考えてたのが、それだけ歩いて苦労してマチュピチュにたどり着いたほうが、より感動が増えるだろう作戦。
ネパールのトレッキングでも思ったけど、やっぱり苦労があったからこそ味わえる感動があるわけで、
っていう話を、クスコで同じ宿だったインド人のアニケット君(年上)と話してて、同じような感覚の持ち主だったから一緒に同じルートで行くことに。
 
 
日本のアニメが好きな彼は、バスケマンガの
 
黒子のバスケが大好きらしく(スラムダンクではありませんでした)
登場人物の名前からセリフまで知っているいわゆるオタクの領域だった。
 
そこから日本語を少し覚えたらしく、去り際は
「あばよ」とか言ってくるあたりかなり渋い。
 
 
 
そんな彼と翌日早起きしてクスコからバスに乗り込み、水力発電所まで。
 
そこからはスタンドバイミーコースと呼ばれるトロッコ道を歩いては歩いて、
歩いて歩いて、
途中マチュピチュらしき建物が見えたり(下から見ると本当に上空にある感がすごい)

そうこうしている内にマチュピチュ村に到着。
観光客で溢れかえっていた。。
 
 
 
その日はアニケットと黒子のバスケの話で盛り上がりながらも(バスケマンガなのでおれもそこそこ知ってた。)、明日に備えて早めに就寝。
 
 
で、翌朝5時に宿を出発。
 
 
(暗くて写真無し)
 
階段道をえっさえっさと登り、入口着いた時にはすでに明るい

出入り口で少し待ちーの、入場してーの、いよいよマチュピチュ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
どん!!!
 
どうっすかねー、
まあ、、
 
普通。かなー。
 
まあ、普通にいいですよ。でもそんな感動するものではない気がする。
いつも通りの観光と同じ感じ。
別に悪い訳じゃない。
おお!って思ったし。
 
や、ここまで歩いてくるのもそこそこ大変だったしね。
 
とりあえず10時から僕はマチュピチュ山に登る予定だったので、それまでゆっくりアニケットと一緒にマチュピチュ遺跡内を巡ることに。
 
 
 
 
 
巡っている時、アニケットは細かい細部までじっくり見て周ってて、
 
「これは屋根を掛けるための仕込みなのかなー」
「これはきっとトイレの為の溝だね」
「これ何のための水だろう。あ、鏡の代わりに使ってたんだって」
「この大きい一枚の岩をどうやって積んだんだと思う?」
 
 
 
終始この遺跡の成り立ちや歴史、使われ方などを気にしながらじっくりじっくり周ってた。
 
僕もそれはすごい共感できる。だから一緒に会話しながら周ってて楽しかった。
 
大事なのはそーいうことなんだよなーって、改めて思わされた。
 
 
僕がこの場所に求めてたのは、あの全景が一望できる1枚の写真だった。
ネットで探せばいくらでも出てくるあの景色。
 
あの一枚に何の価値があるんだろうか。
いや、ネットで見たんじゃなく、実際に足を運び自分の肉眼であの景色を見た。だからそこに十分な価値はあった。
でも、大事なのはそこじゃない気がする。
 
歴史的建造物と言われる遺跡にはそれ相応の歴史があって今現在もまだ残っていること、当時の状況をイメージさせられる造りや痕跡があって、そこに歴史的価値があると評価される。
まあマチュピチュは更に、山の上に造られているという点で世界中でこれだけ有名になったんだけれども。
 
その価値を、一望した1枚の景色だけで感じるなんておかしな話なのかもしれない。
僕がこの遺跡を一目見ても感動しなかったのはそこなんだろうな。
 
 
多くの観光客はここに何を求めて来ているんだろうか。
 
 
 
 
 
 
時間になったので、アニケットと一旦別れ、僕はマチュピチュ山へ登りに行った。
(頑張って登ったけど、お腹が減りすぎて到着してすぐ下山した(笑))
 
マチュピチュ山からの景色。マチュピチュちっさ。
 
 
 
マチュピチュ村にはもう1泊して、翌日またあの道をひたすら歩いてさらにバスに乗り、クスコまで無事帰ってきた。
その疲労が来たのかクスコが寒すぎたのか、翌日は風邪を引いた(泣)
いつぶりやろ?
 
そんなこともあり、クスコは延泊。
というかクスコの街がいい雰囲気で風邪とは別にさらに延泊。

マチュピチュよりクスコの街並みをお勧めする人も多いみたいだけど、クスコに戻ってきてのんびりしてみるとその理由が分かった。
いー感じですクスコ。
空が近いよね。
青いし。
 
 
マチュピチュ来る際は、ぜひクスコでものんびりすることをお勧めしたい。
 
 
 
 
そんなわけで、次回ボリビア編に移りまーす。
次回はあの人にまた再会した話。
 
 

 

伊藤 祐矢

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Published by
伊藤 祐矢
Tags: 世界一周

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