2017年3月10、11、12日 ジョージア・クタイシ(Kutaisi)
 
 
 
メスティアの次に向かうは「クタイシ」
 
メスティアから首都トビリシまで一気に移動しても良かったけど、長距離移動が億劫になってしまい、時間もあることだし小刻みに町を移動することにします。
プランBに変更です。
 
 

 
辿り着いたのは「メディコとスリコの家」
この町にも世界遺産が存在しますが、それ以上に人間遺産と名高いスリコ。
 
メスティアもそうだったんですが、ジョージアはホームステイ型の宿があり、このメディコ(ばーちゃん)とスリコ(じーちゃん)の住む家も宿として宿泊客を招いており、結構な有名宿。
 

 
スリコ(じーちゃん)は大の酒好きで、朝昼夜問わずずっとお酒を飲み、
その日泊まっている宿泊客と毎晩飲み会をするという、のんべぇ中ののんべぇ。
ここに泊まりに来る宿泊旅行者はほとんどがそれ見たさ。
 
かくいう僕もそれにちょっと興味があって宿をここに決めたのですが、
到着時は夜だったのでさっそく夜ご飯をいただき、スリコが起きてくるからその後飲みましょうということで、それまでしばし休息。
 
してたらいつの間にか眠ってしまい気づいたら朝。
そんなわけで朝食をいただき、さっそく食っちゃ寝生活を満喫です。
 
朝食を食べたらまた寝・・という訳にはいかないので、とりあえず日中はクタイシ観光をしましょう。
 
 
 
宿で一緒だった英語ペラペラフランス人女性に、
 
「昨夜知り合ったジョージア在住イタリア人のおじさんが車で案内してくれるらしんだけど一緒に行く?」
と誘われ今回は3人でドライブ観光です。
 
 
2人の会話に全くついていけず、移動中は後ろの席でひたすら窓の外を眺めて心を無にしていましたが・・
こうなると、このイタリア人のおじちゃんはただのアッシーになってしまいますが、フランス人の彼女がこれでもかっていうくらい常に喋っていたのでおじさんは満足だったんじゃないでしょうか。
 
 
 
そんなドライブを経て来たのは「プロメテウス洞窟」(Prometheus Cave)
鍾乳洞です。
 

 
 
全然期待してなかったけど、
フランス人の振りに、聞き取れなくても終始アメージング!と答えていたくらい良かったです。
写真だとイマイチ伝わらないかもやけど。
 
 
施設の入り口付近にあった標識。
 

 
Instagramのフォローも宜しくです。
 
 
僕が声を発する機会は少なかったですが、なんとか観光を乗り切り(笑)
今度は一人で町観光です。
あ〜、楽。(笑)
 
 
 

 
ジョージアの世界遺産「バグラティ大聖堂」
 
 

久しぶりにマックにも入店。カフェ休憩。
ジョージア語は本当に意味不明です。
読めねぇ、、、
 
 

 
夕食時になったので宿に戻り、みんなで夕食タイム。
今日の宿泊客は、フランス人女性旅行者、ドイツ人夫婦旅行者、ジョージアに移住しようとしてるアメリカ人。
みんな英語が達者で、1体1はなんとか会話になりますが全体で話されると聞き取るのに必死です。
というかわかりまてん。(涙)
 
そして、おばあちゃんのメディコは英語が通じますが、スリコはジョージア語のみ。
しかしそんなことはお構いなしにスリコは何度もワインを注いできます。
そして「Kampai
 
各国の乾杯の言葉は覚えているようで(さすが酒飲みw)
フランス語、ドイツ語、英語、日本語の「乾杯」を各国のみんなで復唱しながら乾杯してました。
 
 
****
 
そんな和気あいあいとした雰囲気でしたが、
スリコは「Kampai」と同時に「Tsunami」という言葉も言っていました。
 
 
そうです。ちょうどこの日は3月11日
6年前のあの大震災の日でした。
 
 
どうやらジョージアでも、今日が日本の6年前のあの日であることがニュースで放送されていたようで、
まさか日本人の多くが、「ジョージア?どこそれ?」みたいな反応をしてしまうような、こんな遠く離れた地でも、しかも6年経った今年でもニュースが流れるとは。
 
ちょっとビックリでしたが、
スリコが片手を胸に当てて(もう片方はワイングラス)
 
Tsunami
 
という姿は日本人である僕にとっては印象深いものがありました。
 
 
酒飲みながら乾杯の言葉の代わりに津波とか言ってんじゃねぇ、この不謹慎が!
なんて批判が来そうですが、遠く離れた異国の地で日本を想ってくれる人がいるなんて嬉しいことじゃないですか。
とても意味のあること。
 
 
ドイツ人夫婦も、今日!?(6年前の)と驚いていましたが、
ここぞとばかりに普段あまり話題に上がらないようなことも色々と聞かれました。
 
「原発についてどう思う?」
「日本人の何%が原発に賛成で反対してるの?」
「君は脱原発派?それとも必要と感じてる?」
 
 
世界的に見てもやっぱり原発の問題は注目すべきことで、
この時はなんとなくシンプルな言葉で自分の意見を述べたけど、語学的な問題じゃなくて自分の原発に対する知識が全然足りてないから説明できないんだと思いました。
日本人が知っていなきゃいけない知識、考えるべき倫理。
別におれが考えた所で、、と思うんではなく、これからの日本の在り方を真剣に考える。
 
 
毎年、こうやってこの日を想い一瞬ではあるけど黙祷を捧げますが、
前職時に福島の郡山と仙台で働いてた時の職場の方や同僚友達の話、日本一周中に訪れた被災地の光景を思い出します。
 
 
「あの人は6年経った今日この日、どんな気持ちでいるんだろうか。」
 
当時、安全な岐阜にいた僕にはどうあがいても分かることのない心境だと思いますが、
今現在も、あの日の事故で苦しみ続けている人がいるという事実だけは忘れてはいけないし、支援もまだまだ何年も必要とされている。
 
日本でどれくらいの報道がされていたかはわからないけど、きっと随分減っていて、6年経った今、僕達の記憶も風化していってしまっていると思います。
 
人間は良いことだろうと悪いことだろうと忘れていってしまう生き物です。
そういうもんだと僕は思っていますが、こうやって毎年何かのタイミングで被災された方たちのことを思うこと。その気持ちをこういうタイミングでもいいから思い出し持ち続けるのが大事なのでは。
 
 
「フクシマに住んでいた人たちは今も故郷に戻れず大変なんでしょ?悲しいよね。」
「君の故郷は大丈夫?」
 
こうして海外にいながらも、日本や日本人のことを気にかけてくれる外国の方が居るということ。そこに大きな意味があると思うし、被災された方たちにも知ってもらいたいなぁ。
 
 
なんてことを思った夜でした。
 
 
 
おじいちゃんおばあちゃんになっても仲良く夫婦やってるスリコとメディコ。
いつまでも元気でいてねー
 
 
次は首都トビリシへ移動!
トビリシもいい感じでした。
 
 

伊藤 祐矢

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